 |
第1次世界大戦中、大正6(1917)年から約3年間、日本捕虜となったドイツ兵との交流を記念し収容所跡地に建設されたメモリアルミュ−ジアム。ドイツ風のモダンな洋館で、館内では当時のドイツ人の自由な暮らしぶりをミニチュア模型や写真などで詳しく紹介しています。近くには、ドイツ村公園や捕虜となったドイツ人が造ったドイツ橋などもあり、その歴史を今につたえています。 |
 |
“扇の勾配”と形容される4段階に積み上げられた高さ60mにもおよぶダイナミックかつ優雅な日本一の石垣で知られる名城。国指定の史跡。慶長2(1597)年に生駒親正により築城され、その後幾多の歴史を経て明治時代にいたるまで京極氏の居城となっていました。3重3層の天守閣は現存する木造12天守閣のひとつで貴重な存在。天守閣・大手一の門・大手二の門は国指定の重要文化財。 |
 |
うだつの町並みにマッチングさせた赤がかった電話ボックスは自動電話(Automatic Telephoneが直訳された呼び名)で、ベルが鳴ると交換手に電話を繋げる仕組みになっている為、現在では・・・?それは、まさしくレトロ感漂う景観な電話になっているのかもしれません。 |
 |
平家一族の哀話をも秘めているそうですが、現在では、スリルを味わうが為の蔦で仕上げた橋になった観光名所です。また、このかずら橋は3年毎に架替も行われいるようですので、しっかりと蔦を掴んで渡れば安心可能かと思えます。今回の画像は、足元を見渡せる画角になっていますので、若干、鳥肌が立ちそうな絵になっているのではないでしょうか?道路なども整備されてはいますが、春・夏・秋辺りだとドライブがてら情緒味わえる季節になるかと思えますが、冬の時期になりますと、若干、降雪となる可能性もあるのかもしれません。 |
 |
四万十川に伝わる伝統漁法のひとつ。四万十川は、5月中旬からの鮎や、うなぎ、川エビ、アメゴなど、川の幸もいっぱいです。 |
 |
鳴門海峡、関門海峡と並び、日本三大急潮にも数えられている海峡でもあり、昔より「一に来島、2に鳴門、三とさがって馬関瀬戸(関門)」と云われているようです。また、鳴門の海峡では船に揺られて乗船したこともありましたが、来島での海峡には乗船した記憶はありませんでした。 |
 |
約75万haの広大なひろがりをもつ栗林公園は南庭と北庭に分かれおり、南庭は早くから築 庭され江戸時代初期から中期の優れた造園手法を今に伝える小堀遠州流の珠玉作。南隅にある小高い展望地の飛来峰から南湖を一望すれば、ゆったりと弧を描く偃月橋、楓嶼・天女島・杜鵑嶼の3島と仙磯、ほとりに建つ掬月亭などが風雅なたたずまいをみせ、冬には枯山水の世界へと誘ってくれます。 |
 |
四国旅客鉄道と西日本旅客鉄道が瀬戸大橋線にて運行する高松駅 <-> 岡山駅間を走行する車両:マリンライナ−で、宇野線・本四備讃線・予讃線経由にて共同する快速列車です。またJR西日本によりますと一般公募で命名された車両名だと聞いています。 |
 |
愛媛県宇和島市から九島にふかさ30メ−トルに架けた橋で、ベルタイプ式橋脚基礎で設置され水のふかさとしては日本国内において最大規模でもあるそうです。2016年4月に開通されフェリ−から橋へと変貌されたので、人生に於かれても変化させざるを得なくなってしまった方もいらっしゃるのかもしれません。自転車でも十数分程度で渡ることもできるので、春・夏・秋・冬へと、それぞれ楽しめる「宇和島の楽園 九島」(宇和島市観光物産協会)へ足を伸ばされてみては如何でしょう。 |
 |
瀬戸内海にテ−ブルのように突き出した屋島は、瀬戸内海有数の展望地。眼下には源平合戦の哀愁を秘めた檀ノ浦古戦場や五剣山、そして瀬戸内海に沈む慾景から高松市の夜景と、素晴らしい景色が見る者を圧倒します。山上には、四国霊場第84番札所・屋島寺やアシカショ−などが見物できる屋島山上水族館があります。 |