 |
四国旅客鉄道と西日本旅客鉄道が瀬戸大橋線にて運行する高松駅 <-> 岡山駅間を走行する車両:マリンライナ−で、宇野線・本四備讃線・予讃線経由にて共同する快速列車です。またJR西日本によりますと一般公募で命名された車両名だと聞いています。 |
 |
太平洋の勇壮さを、そのまま表現したようなエネルギッシュな踊りの祭典。「ヨッチョレ、ヨッチョレ」のかけ声も賑やかに、朱塗りの鳴子を鳴らしながら踊り子は、組ごとに衣装をまとい、高知市の追手筋を中心に町を踊り歩きます。よさこい祭りを迎える頃は、四国・高知も夏真っ盛り…。 |
 |
町へ一歩進むほどに時代を遡るような錯覚を目の当たる様な風景に出会える、そんな明治の佇まいが蘇ります。技術の進歩で素早く過ぎ去る時間から、ときには過去の昔へタイムスリップされるのもの心へのゆとりとして叶えられるのではないでしょうか。 |
 |
“お頭人さん”とも呼ばれる秋の大祭。毎年10月9日〜11日に行われ、特に10日の豪華で荘厳な神輿行列は時代絵巻さながら。午後9時ごろに本宮前の石段をおりた行列は、3時間ほどもかけて鞘橋をわたり、お旅所につきます。華麗な夜の祭典として県を代表する年中行事のひとつにもなっており、金刀比羅宮で開催される数々の神事のなかでも、大勢の見物客が訪れ最もにぎわいをみせています。 |
 |
高知市街地の東南に位置する標高139mのこんもりした山。山全体が県立公園になっており、名刹竹林寺をはじめ、土佐が生んだ世界的植物学者・牧野富太郎博士の記念館・文庫・植物園などがあります。また、春は桜、初夏にはツツジがすばらしく、山頂一帯に整備された展望台からの眺めは絶景。山頂への道は快適なドライブコ−ス。市民の心やすらぐ憩いの場として親しまれています。 |
 |
地元であっても画像を見ておりますと、全く判らない場所のようでもおりますが、この画像の奥側には船乗り場となる高松港があり、撮影場所の後ろ側には高松駅、そして左手側は市内バスの停留所(一部の高速バスの停留場もあるのかもしれません?)、高速バスなど県外へ向かわれる時には、高松駅を迂回しつつ裏側に回った場所に停留所が設置されているかと思えます。 |
 |
濠に海水を引き入れた、日本三大水城のひとつ、高松城跡。現在は、JR高松駅にもほど近い、白壁と石垣、書院や櫓などがひっそりと残る、緑豊かな玉藻公園として人々に親しまれています。写真は、東口から旭橋を渡ってすぐの艮櫓です。 |
 |
瀬戸内海中央部に位置し荘内半島と愛媛県高縄半島の間を占める海域の燧灘(ひうちなだ)に面した海岸で、古くから海水浴場として知られており、海水面に鏡面状となるウユニ塩湖のような撮影ができることで、近年、大勢の観光客が訪れているそうです。シャッタ−チャンスとなるのは干潮時の日没あたりを目安にされると良いそうです。 |
 |
1772年(安永元年)の六代領主(酢尾重茂澄 氏)が家塾「名教館」を創設されたと言われており、1802年(享和二年)に七代繁寛 氏が拡楯し郷校され、また、明治維新には再開されており多数の先覚者たちが輩出されたそうです。後に「名教館」の玄関部分(1887年)を佐川尋常小学校(現佐川小学校)へ移築を実施したそうです。 |
 |
砂礫層の斜面が風雨に浸食されたもので、土層の奇妙な景観が姿を現しています。数万年かけて作られた土柱の中には、18mにもなる高い柱もあります。松と地肌のコントラストも美しい自然の芸術品です(国の天然記念物に指定)。 |